対話屋さんについて

対話屋さんが大切にしていること

① わかりやすいゴールを設定しない

「内省対話プログラム」では4ヶ月かけてじっくり自分と向き合うことを最大の目的としていて、「自分らしい人生を送ろう!」とか「4ヶ月後に自己肯定感が高まります!」といったわかりやすいゴール設定を一切設けていません

なぜなら僕は「たとえ一人であっても悩むことのできる精神的土台や、奥深くまで考える胆力を養っていくこと」のほうがよっぽど大事だと思うからです。

そもそも人生というものは、必ずやツラいことや苦しいことが起きるものです。仕事でうまくいかなかったり、大好きな恋人とお別れをしたり、時に大切な人が亡くなったりすることもあります。

これは人間であるならば、誰にでも共通している普遍的なことではありますが、僕はここで悲観的な嘆きをしたいわけではありません。

むしろこれから自分の前にやってくるであろう苦悩すらも、すべて自分の人生の血肉に変えられるような精神性を身につけていくことができれば、それは「真の自信」と呼べると思うわけです。

だからこそ、短期的な「○○しよう!」とか「○○になろう!」といったわかりやすいゴールを目指すのではなく、「一生の土台を築いていく」という長期的な視点で対話をすることを大切にしています。

② 子ども心が復活できるような対話の空間をつくる

子ども心を象徴するものとして「自発性」や「好奇心」や「即興性」が挙げられます。

例えば…

自発性は「自分でやってみる」という意志
好奇心は「もっと深く知りたい」という興味関心
即興性は「感じたままに動いてみる」という心の動き

といったことを表すわけですが、人は大人になる過程でこれらの要素、つまり「子ども心」というものを失っていくのです。

なぜなら年を重ねるほどに社会的責任というものが大きくなっていって、これらの「子ども心」を発揮するようなシーンが極端に減っていってしまうから。

それ自体はしょうがないことだし、むしろ大人になる過程で必ず訪れることなのですが、逆に考えてみるとあまりにも「子ども心」をないがしろにしている人が多いと感じます(まさに過去の僕もそうでした)。

大人としての責任も全うしながらも、かつて僕たちに生来備わっていた「子ども心」を復活させていくこと、これも僕がクライアントさんと関わっていくなかでとても大切にしていることです。

③日常の流れに自然に沿う形でサポートする

「内省対話プログラム」には宿題や課題などは設けていません。また24時間書き出しOKのチャットに関しても、その頻度や量などはすべてクライアントさんにおまかせしています。

これはなぜかと言えば、クライアントさんの日常の流れに自然に沿う形でサポートすることが、本質的かつ根源的な変化には欠かせないと考えるからです。

というのも、そもそも「日常」は刻一刻と変化するもので、例えば昨日までは元気に過ごしていたけれども、今日仕事で大きなミスをして落ち込んでしまうとか、恋人から「別れたい」と連絡が来て悲しくなってしまうとか、そういうことがあるわけですよね。

そのように変化する日常の中で、僕から「来週までに自分の過去の出来事を洗い出してください」とか「毎日寝る前に気づいたことを書き出してください」というふうにサポートしたとして、仮にそれが上手くいったとしても、それは「外部からの適度な強制力があれば行動できる精神性をつくる」ということになってしまうわけです。

すると、上に書いたような「自発性」や「好奇心」といった類のものは根こそぎ失われてしまい、決められたことをやっているに過ぎないので「即興性」も無くなってしまいます。

非常に大切なことなので繰り返しになりますが、僕は短期的なわかりやすい変化ではなく、一生の土台をつくることための長期的な変化を起こしていくことを前提とするので、僕との4ヶ月の関わりが終わったあとにこそ、効果を実感していただけるようなサポートをしていきたいと考えています。

対話屋さんになるまでの対話経験

「対話屋さん」と名乗るようになる前からずっと、僕の人生の中心にはいつも「対話」がありました。

その中でも特に今の活動に繋がっているところを3つピックアップしてみたいと思います。

①就活生との対話

大学4年のときに就活生向けに「自己分析のお手伝い」をしていました。具体的には、就活生と一対一でカフェで数時間かけて対話をしながら、そのお相手の0歳から今日に至るまでの人生をじっくりお聞きするというもの。

僕はそこで40人〜50人ほどの就活生と合計200時間以上の対話を重ねたのですが、そこでの経験は対話屋さんの活動にも大きく影響しています

たとえば就活生が「私は将来子どもたちに明るい未来を届ける仕事をしたいんです」と言ったとしたら、僕はその言葉に込められている意味や想いを丁寧に聞いていきました。

・将来っていつのイメージ?
・そもそも子どもって誰のこと?(年齢・地域・性別etc…)
・どうして大人じゃなくて子どもなの?
・キミが思う明るい未来ってなに?
・その未来を「届ける」というのはどういうこと? etc…

就活生の「私は将来子どもたちに明るい未来を届ける仕事をしたいんです」というたったの一文から、数えきれないほどの問いを生み出し、それらをもとに対話をしていったんです。

今思うと僕の「問いを立てる力」はここで養われたのだろうなぁと、そんなふうに思うので、当時相談してくれた就活生にはとても感謝しています。

②母との対話

社会人1年目が終わりにさしかかっていた2020年の2月1日のこと。母がすい臓がん末期・ステージ4、余命1年の宣告を受けました。

闘病生活が始まるなかで「母をひとりにさせたくない」という想いから、母の気持ちを整理するための対話の時間を設けることにしました。毎週1回・2〜3時間の2人きりで話す時間です。

そこで僕は母の中にある思い込み(固定観念)を丁寧に覆していくような問いを立てながら、一緒に考え、時に一緒に涙を流し、じっくり内面と向き合う時間を過ごしていきました。

そのように対話を重ねていくと、母の中にあった「母親たるもの強くあらねば」という価値観が徐々になくなっていき、今まで我慢することの多かった母が自分の気持ちに素直になっていったんです。

母は亡くなる直前に「もう大丈夫、私はひとりで死ねる。怖くない」と話していたのですが、そのことは今でも鮮明に記憶しています。

もちろんこのように母が思えたのは家族みんなの支えがあったことは間違いありませんが、母は「ひでが毎週話を聞いてくれたからだよ。ありがとう」というふうに伝えてくれました。

人生最期の瞬間に「ひとりで死ねる。怖くない」と思えたことは、本当によかったなぁと思います。

対話の力の偉大さを、心から実感した瞬間です。

③コミュニティでの対話経験

2021年の12月6日に母が亡くなった後、そこから爆速で準備をして、2022年の元旦から「月額制のオンライン対話コミュニティ」をスタートさせました。

SNSでの発信活動はすでに2021年の元旦にスタートしていたので、僕の発信を受け取ってくださっていた方が、この対話コミュニティに参加してくれたんです。

僕を含めて8人のメンバーの方と一緒に、3ヶ月で30回以上の対話を重ねていきました(時には夜から朝まで語りあったことも!)。

2022年はこの他にも一対一で対話をしながら転職をサポートするお仕事をしたり、人生初のクラウドファンディングに挑戦して本音の相談場所をつくったり、今の対話の活動に繋がる経験を数多くさせていただきました(ほんっとに2022年は目まぐるしかったです)。

そして2022年の年末、僕は自分の肩書きを「探究屋」から「対話屋さん」というふうに改め、翌年の2023年から「対話プログラム」をスタートするに至りました

そして今日まで「対話プログラム」を改良し続けながら、日々クライアントさんと対話を重ねています(※現在は内省対話プログラムという名称に変更しています)。